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東京地方裁判所 平成7年(ワ)11819号 判決 1998年10月29日

原告

株式会社エスポ

右代表者代表取締役

諏訪厚

右訴訟代理人弁護士

柴田敏之

澤口秀則

小畑英一

本山正人

右補佐人弁理士

秋山修

被告

株式会社エス・エヌ・ケイ

右代表者代表取締役

川崎英吉

右訴訟代理人弁護士

松村信夫

芹田幸子

三山峻司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金五億円及びこれに対する平成七年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、商標権侵害に基づく損害賠償請求として、金五億円(一部請求)及び不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)からの遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、ビデオテープ等の音楽・映像を録音・録画した商品等の販売、事務用機器等の販売、不動産の売買、賃借及びその仲介、不動産の管理、利用及び土地の造成等を目的とする株式会社である。(弁論の全趣旨によって認められる。)

被告は、電子技術応用ゲームのハード及びソフトウェアーの研究開発販売を主たる目的とする株式会社である。(争いがない。)

2  原告は、左記商標権(以下「本件商標権」といい、その商標を「本件商標」という。)を有していた。なお、原告は、平成七年四月二七日に株式会社ゲオ(以下「ゲオ社」という。)との間で本件商標権の譲渡契約を締結し、平成九年七月一四日にその旨の登録がされた。(争いがない。)

出願日 昭和六四年一月六日

出願番号 六四―〇〇〇〇九六

登録日 平成三年一二月二五日

登録番号 商標登録第二三六七九六五号

商品区分 商標法施行令(平成三年政令第二九九号による改正前のもの)別表の商品区分第九類(以下「旧第九類」という。)

指定商品 事務用機械器具、その他本類に属する商品

登録商標 別紙「原告商標目録」記載のとおり

3  被告は、遅くとも平成二年ころから、別紙「被告標章目録(一)」又は「被告標章目録(二)」記載の標章(以下、これらを「被告標章(一)」「被告標章(二)」といい、両者を併せて「被告標章」という。)を付した業務用テレビゲーム機を販売し、あるいはその宣伝パンフレットに被告標章を掲載している。(争いがない。)

4  被告の平成三年一〇月一日から平成七年九月三〇日までの間の各事業年度の売上高は、次のとおりである。(争いがない。)

(一) 平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日まで

二六三億四三四〇万三〇〇〇円

(二) 平成四年一〇月一日から平成五年九月三〇日まで

四三三億七二四六万三〇〇〇円

(三) 平成五年一〇月一日から平成六年九月三〇日まで

四七八億八八〇六万九〇〇〇円

(四) 平成六年一〇月一日から平成七年九月三〇日まで

四九一億〇七七五万八〇〇〇円

二  争点

1  被告標章と本件商標とが類似しているかどうか

(原告の主張)

(一)被告標章(一)について

(1) 本件商標は三文字、被告標章(一)は六文字のいずれも比較的短いアルファベットの大文字で構成されており、「GEO」の文字部分は、全く同一である。被告標章(一)には「NEO」の文字部分があるが、「NEO」と「GEO」の間は広く空き、そこには「・」(中黒)が挿入されているから、外観上「NEO」の文字部分と「GEO」の文字部分とは明らかに独立している。また、「NEO」という外国語が「新しい」という意味の修飾語にすぎないことは広く知られており、その言葉自体としては商品識別力は極めて弱い。したがって、取引者が被告標章(一)を見た場合、識別標識として視覚上強く印象に残るのは「GEO」の部分であり、商品識別力を有する被告標章(一)の要部たる「GEO」と本件商標「GEO」とが全く同一であるから、本件商標と被告標章(一)は、外観上類似している。

(2) 本件商標からは、振り仮名で付した「ゲオ」、あるいは英語式で「ジオ」の称呼が生じ、被告標章(一)からは、英語式で「ネオ・ジオ」、あるいはドイツ語式で「ネオ・ゲオ」の称呼が生じる。したがって、本件商標と被告標章(一)とは、「ゲオ」又は「ジオ」という共通の称呼が生じるものであり、「ゲオ」と「ジオ」の対比であったとしても、その類似性は明らかである。仮に被告が主張するように、一体的な称呼「ネオジオ」を生じると考えたとしても、識別力を有する「GEO」の部分において称呼が酷似している以上、称呼の類似を妨げない。

(3) 本件商標と被告標章(一)は、いずれも単なる造語ではなく、「NEO」が「新しい」、「GEO」が「地球、土地」を表す英語又はドイツ語である。確かに一般の取引者から見て、「GEO」をドイツ語式に「ゲオ」と認識した場合には、「地球、土地」という観念を想起するのは難しいであろうが、英語式に「ジオ」と発音した場合には、「geography(地理学)」あるいは「geology(地質学)」等の広く知られた英単語を通して、容易に「地球、土地等大地にかかわるもの」といった程度の観念は想起し得るはずである。そして、一般的に日本人はドイツ語よりも英語の方が数段馴染みがあることをも考え併せると、本件商標と被告標章(一)は、「地球、土地等大地にかかわるもの」という同一の観念を想起させるものであり、観念において類似している。

(4) よって、本件商標と被告標章(一)は類似する。

(二) 被告標章(二)について

(1) 被告標章(二)は、「N」「E」「G」「E」の各文字をロゴ文字化しているが、その象形化の度合いは極めて小さい。また、二つの「O」については人面様に象形化されているが、それがアルファベットの大文字の「O」を表していることは一見して明らかである。したがって、図形標章であっても、実質上文字部分を強く意識させる構成となっている。そして、この文字部分自体、「・」の代りに「NEO」と「GEO」を上下二段に分けて記載しているほかは、被告標章(一)と何ら異なるところはなく、原告商標と被告標章(二)が外観上類似していることは明らかである。

(2) 被告標章(二)は、文字部分を強く意識させる構成となっており、それと全く同一の文字から構成される被告標章(一)と同様の称呼が生じる。したがって、被告標章(二)は、被告標章(一)におけるのと同様、本件商標と称呼上類似している。

(3) 被告標章(二)は、図形標章であっても文字部分を強く意識させる構成となっているから、この文字部分から一定の観念が生じることは、被告標章(一)におけると同様であり、本件商標と被告標章(二)は、観念上類似している。

(4) よって、本件商標と被告標章(二)は類似する。

(三)(1) 被告は、被告標章が使用される具体的取引状況等に照らして、本件商標と被告標章は類似しないと主張するが、そもそも、一般的な類否判断と関わりなく登録商標の使用の有無や実情を調査し、現実の出所の混同が生じているか否かを個々的に調査するという手法は、登録主義の立場と相容れるものではない。

(2) 原告は、平成二年ころ、F1レースにスポンサーとして参加し、本件商標と同一性の範囲内にあると認められる別紙「原告使用標章目録」記載の標章(以下「原告使用標章」という。)をレーサーが着用するレーシングスーツに付したり、これをテレビコマーシャルに用いて宣伝するなどした。また、原告は、平成元年一二月ころ、原告のグループ企業で、ビデオ及びCDのレンタル、ゲームソフトの販売等を営む株式会社ゲオミルダ(以下「ゲオミルダ」という。)に対し、原告使用標章の使用を許諾し、同社は、それ以来原告使用標章を使用していた。さらに、原告は、原告のグループ企業で、事務用機械器具の製造販売を主たる目的とする東和エスポ株式会社(平成三年一〇月「東和メックス株式会社」に商号変更。以下「東和メックス」という。)に対し、平成二年一〇月ころ、原告使用標章の使用を許諾し、平成四年四月一日には本件商標の通常使用権を設定し、同社は、平成二年一〇月ころから、原告使用標章を自らが製造販売するレジスターに付して使用していた。したがって、原告は、自ら本件商標を使用していたものということができ、本件商標の頭に「NEO」を付しただけの被告標章が、一般需要者や取引者の間であまねく被告商品を想起させたということはできない。

(被告の主張)

(一) 被告標章(一)について

(1) 本件商標は、欧文字で「GEO」と一連一体に横書きされたものの下段に、片仮名で「ゲオ」と横書きされた結合商標であり、他方、被告標章(一)は、欧文字で「NEO・GEO」と一連一体に横書きされたものである。被告標章(一)の「NEO」の文字部分については、その表示の仕方から「GEO」の文字部分と一体の表示として把握すべきであり、「NEO・GEO」の欧文字の六文字中「EO」が繰り返し対句の形で用いられている点からも、「NEO」を単なる付加表示とみるべきではない。したがって、両者は外観上類似しない。

(2) 本件商標から生じる称呼は唯一「ゲオ」であるのに対し、被告標章(一)から生じる称呼は「ネオジオ」であり、両者は類似しない。

原告は、被告標章(一)の称呼について「NEO」と「GEO」を独立のものとして捉えるが、仮に「NEO」なる語が「新しい」という意味を有するとしても、「GEO」が何ら独立した観念を有しないこと、被告標章(一)がいわゆる韻を踏む称呼になっていることなどから、「NEO」と「GEO」とに分離して称呼を論ずべきではない。また、文字の外観上、前半部と後半部との間に「・」等が存する場合であっても、全体に大小の差がなく同一書体で表され、全体に短い語で構成されており、段落等の前後において一体の観念を構成すると考えられる標章については、独立した二語の称呼を生じるものではなく、一連一体的な称呼を生じると考えるべきである。

(3) 本件商標も被告標章(一)も、何ら特別の観念を有しない造語であるから、両者の間に観念の類似性はない。

原告は、被告標章(一)の観念について「NEO」と「GEO」を独立のものとして捉えるが、仮に「NEO」なる語が「新しい」という意味を有するとしても、「GEO」が何ら独立した観念を有しない以上、「NEO」と「GEO」に分離して観念を論ずべきではない。

(4) よって、本件商標と被告標章(一)は類似しない。

(二) 被告標章(二)について

(1) 被告標章(二)は、円形・黒地の図形中の上段部に黄色で欧文字のNとEを象形化したロゴ文字と人面様の図形を描き、その下段部には青色で欧文字のGとEを象形化したロゴ文字と人面様の図形が描かれている。したがって、欧文字及びカタカナからなる本件商標とは著しくその外観を異にしている。

(2) 被告標章(二)からは、「ネオジオ」ないし「ゲオ」のいずれの称呼も生じることはないのであるから、本件商標と被告標章(二)は、称呼上類似していない。

(3) 図形標章と文字標章との間に観念の類似が生じるのは、通常、当該図形標章から文字標章によって表示された一定の観念が生じる場合であるが、本件商標は何らの観念を有しない造語商標であるばかりではなく、被告標章(二)もその構成から何らの観念を表すものではないから、本件商標と被告標章(二)は、観念上類似していない。

(4) よって、本件商標と被告標章(二)は類似しない。

(三)(1) 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものであり、外観、観念、称呼のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできない。

(2) 被告は、業務用及び家庭用テレビゲーム機並びにそのソフトを製造販売し、その一部に被告標章を使用しているが、これらは近年急速に成長した産業であり、その製造販売には、多額の投資及び相当のノウハウの蓄積が必要であって、誰もが容易に参入しうるものではない。被告は、このような業務用及び家庭用テレビゲーム機等の売上において業界第五位ないし六位の地位にある。

被告標章を付した業務用テレビゲーム機は、平成二年ころから全国各地のゲームセンターに設置され、「餓狼伝説」、「サムライスピリッツ」等の「ネオジオシリーズ」のゲームソフトの人気とあいまって、極めて高い知名度を有し、被告のゲーム機に搭載されたこれらのゲームソフトは、ゲーム関係雑誌や新聞のゲームマシンベストヒットチャートにおいても常に上位を占めており、被告標章は、需要者間において被告の商品を表示するものとして著名になっている。

さらに、被告は、平成二年ころから被告標章を付した家庭用テレビゲーム機の販売を開始し、この分野においても任天堂、セガ等の先行商品に互して、極めて高い人気を得、売上を伸ばしている。

かような事情を考えると、被告標章は、少なくとも業務用及び家庭用テレビゲーム機等の分野において著名であり、特に被告標章(一)は、被告の業務用及び家庭用テレビゲーム機等を指称するものとして、遅くとも平成三年一二月二五日までには、全国的に著名になっていた。

(3) 原告は、自ら本件商標を使用しているものではない。また、東和メックス及びゲオミルダが原告使用標章を使用していたとしても、原告使用標章と本件商標との間に同一性がない以上、本件商標を使用していたものとはいえないし、東和メックス及びゲオミルダが原告使用標章を業務用テレビゲーム機に使用したという事実もない。

(4) 以上のような取引状況等も考慮すれば、被告標章を付した商品と本件商標を付した商品について、需要者において出所の混同を生じるおそれはなく、本件商標と被告標章は類似しない。

2  業務用テレビゲーム機と本件商標の指定商品とが同一又は類似しているかどうか

(原告の主張)

本件商標の指定商品は、「事務用機械器具、その他本類に属する商品」であり、商標法施行規則(平成三年通商産業省令第七〇号による改正前のもの)によれば、旧第九類には遊園地用機械器具が含まれるから、指定商品中に業務用ゲーム機が含まれることは明らかである。

被告は、本件商標の指定商品がいわゆる全類指定であることを論難するが、商標法の改正に伴い全類指定が認められなくなったのは平成四年四月一日以降の商標登録出願からであり、原告の出願方法は、右商標法改正以前の運用に従った適法なものであるから、右主張はその根拠を欠く。また、被告は、「その他本類に属する商品」としては「事務用機械器具」に近似なものに限定して解すべきである旨を主張するが、右のとおり本件商標は全類指定の方法による指定商品で適法に登録されたものであるから、被告の主張は失当である。

(被告の主張)

本件商標は、我が国において実務上伝統的に行われてきたいわゆる全類指定の指定商品で登録されたものであり、その弊害は従来から指摘されてきたところであって、平成三年法第六五号によって改正された商標法の施行に伴う新たな「商品及び役務の区分」に基づく類似商品・役務審査基準の実施により、平成四年四月一日以降、全類指定を許さない運用がされている。従前の全類指定の弊害の防止を目的として右のとおり特許庁における運用が変更されたことに照らすと、本件商標の指定商品とされる「その他本類に属する商品」は、事務用器械器具に近似のものに限定して解すべきである。そして、事務用機械器具は稼働の補助としての器械器具であり、業務用テレビゲーム機は娯楽・享楽の具であって、両者は商品として両極端の位置にあり、生産部門、販売部門、原材料および品質、用途、需要者の範囲のいずれも異にし、完成品と部品との関係にもない。殊に業務用テレビゲーム機は、そのソフトとともに開発・販売に多大の投下資本とノウハウの集積を要し、その流通経路も各社独自であって、原告のような不動産業者が新規参入することはできない分野である。したがって、本件商標の指定商品たる事務用器械器具及びこれに近似する商品と業務用テレビゲーム機は類似しない。

3  原告の損害の有無及び損害額

(原告の主張)

原告は、平成四年六月一七日から平成七年四月二七日までの間、被告の本件商標権の侵害により、少なくとも本件商標の使用料相当額の損害を被った。

本件商標の使用料は、被告における業務用テレビゲーム機の売上の三パーセントが相当である。

被告の右期間の売上高総額は、少なくとも被告の平成四年一〇月一日から平成六年九月三〇日までの間の売上高合計である九一二億六〇五二万九〇〇〇円を下ることはない。そして、被告の売上高総額における業務用テレビゲーム機の売上高比率は、少なくとも五〇パーセントである。

したがって、原告の損害額は、一三億六八九〇万七九三五円である(九一二億六〇五二万九〇〇〇円×五〇パーセント×三パーセント)。

(被告の主張)

商標法三八条二項は、同条一項とともに、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定であって、損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的枠組みを越え、同条二項の解釈として採り得ない。

原告は、不動産業者であり、本件商標の登録出願時にも登録時にも、これを業務用テレビゲーム機に使用する意思も能力も予定もなく、単に実務の悪しき慣行に則って登録出願の際に指定商品の包括的な指定をしたにすぎない。そして、平成二年四月以降のバブル経済崩壊により、その経営が破綻しており、本件商標の登録出願時はもとより、平成四年四月以降も、本件商標を自ら使用することも第三者にその使用を許諾することもないまま、その後に本件商標権をゲオ社に譲渡している。

したがって、本件商標には知名度も顧客吸引力もなく、財産的価値がないから、原告にそもそも損害が発生していないことが明らかであり、原告の商標法三八条二項に基づく損害賠償の請求は成り立たない。

(被告の主張に対する原告の反論)

原告は莫大な宣伝広告費を投じて本件商標を市場にアピールしており、また、原告使用標章を付した金銭登録機の製造販売及び輸出等も好調であったのであるから、本件商標に知名度や顧客吸引力、財産的価値がないということはない。

4  原告の請求が権利の濫用に当たるかどうか

(被告の主張)

原告が不動産業者であり、本件商標の出願時にも登録時にもこれを業務用ゲーム機に使用する意思も能力も予定もなく、単に実務の悪しき慣行に則って指定商品につき全額指定をしたこと、原告が本件商標を使用していないことは前記のとおりである。そして、原告の経営は既に破綻に瀕しており、今後とも本件商標を業務用テレビゲーム機に使用することはあり得ないし、前記のとおり既に本件商標権を他に譲渡している。このような原告が、指定商品の包括的な指定を奇貨として、被告に対して本件商標の侵害名下に金員の請求をすることは、権利の濫用である。

(原告の主張)

原告は、旧第九類に属する商品を包括指定して適式に商標登録を受けたものであり、そのうちの一部の商品についてだけしか本件商標を使用していないからといって、その余の商品について商標権の効力が及ばないということは、登録主義と相容れないし、原告は、いつでも業務用テレビゲーム機を扱う第三者に本件商標の使用を許諾することが可能である。

第三  当裁判所の判断

一  商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。商標の外観、観念又は称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず、右三点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできないというべきである(最高裁昭和三九年(行ツ)第一一〇号同四三年二月二七日第三小法廷判決・民集二二巻二号三九九頁、最高裁平成六年(オ)第一一〇二号同九年三月一一日第三小法廷判決・民集五一巻三号一〇五五頁参照)。

以下、被告標章が本件商標と類似しているかどうかについて、検討する。

二  本件商標の外観は、別紙「原告商標目録」記載のとおり、上段にゴシック体の欧文字で「GEO」、下段に上段の欧文字よりも小さいゴシック体の片仮名で「ゲオ」と二段に横書きされたものである。本件商標からは「ゲオ」なる称呼が生じ、また、本件商標は、単なる造語であって、そこから特定の観念を想起することはできない。

原告は、本件商標からは「ゲオ」のほか「ジオ」なる称呼が生じる旨を主張する。しかし、「GEO」という欧文字部分から「ジオ」なる称呼が生じ得るとしても、本件商標が欧文字で「GEO」と横書きされたものの下段に片仮名で「ゲオ」と横書きされたものである以上、「ジオ」と称呼されると考えるのは不自然であり、本件商標からは唯一「ゲオ」なる称呼が生じるものというべきである。

また、原告は、本件商標から「地球、土地等大地にかかわるもの」という観念が想起される旨を主張する。しかし、「GEO」という欧文字については、一般の取引者ないし需要者がそれによって「大地にかかわるもの」という意味を認識し得るものと認めることはできず、他に特定の観念が想起され得ることを認めるに足りる証拠もない。前判示のとおり、本件商標からは唯一「ゲオ」なる称呼が生じることをも併せ考えれば、日本人が英語にある程度馴染みがあるとしても、本件商標から「大地にかかわるもの」という観念を想起することはできないというべきである。

三  被告標章(一)の外観は、別紙「被告標章目録(一)」記載のとおり、長方形の中に白抜きの欧文字で「NEO・GEO」と一行に横書きされたものである。

英語、ドイツ語において、「NEO」は「新しい」という意味の接頭辞として用いられているが、「NEO」という欧文字が右のような意味を有することが一般の取引者ないし需要者において広く知られていると認めることはできず、他に特定の観念が想起され得ることを認めるに足りる証拠もない。そして、前判示のとおり、「GEO」という欧文字からも特定の観念を想起することができないこと、被告標章(一)の外観が同一の書体及び大きさの欧文字で一行に横書きされるとともに、「EO」を繰り返した韻を踏む対句となっていることなどに照らせば、被告標章(一)は、「NEO」と「GEO」の間に「・」(中黒)が挿入されているにしても(「NEO」と「GEO」の間は、原告主張のように広く空いているものではなく、むしろ狭隘で、「・」の存在が目立つものではない。)、被告標章(一)に接する取引者及び需要者には一連一体の造語として認識されるものというべきである。

原告は、被告標章(一)について、「NEO」の部分それ自体としては商品識別力が極めて弱いことから、その要部は「GEO」の部分にある旨を主張する。しかし、前判示のとおり、「NEO」からも「GEO」からも特定の観念を想起することができない以上、自他商品の識別という観点からは、「NEO」の部分と「GEO」の部分とに主従あるいは軽重の関係があるとはいえず、「GEO」の部分が被告標章(一)の要部であるということはできない。

そうすると、被告標章(一)からは、特定の観念を想起し得ず、また、一連不可分の「ネオジオ」又は「ネオゲオ」という称呼が生じるものと認められる。

四  被告標章(二)の外観は、別紙「被告標章目録(二)」記載のとおり、円形で黒地の図形中の上段部に欧文字の「N」と「E」を象形化したロゴ文字と人面様の図形が黄色で描かれ、その下段部に欧文字の「G」と「E」を象形化したロゴ文字と人面様の図形が青色で描かれているものである。右二つの人面様の図形については、いずれも欧文字を象形化したロゴ文字と横並びで、それと同じ大きさ、同じ間隔、同じ色によって描かれていることからすれば、それが欧文字の「O」を象形化したものであることを認識することが可能である。したがって、被告標章(二)は、欧文字で「NEO」と「GEO」が二段になって描かれたものということができる。

しかしながら、前判示のとおり、「NEO」からも「GEO」からも特定の観念を想起することができず、自他商品の識別という観点からは「NEO」の部分と「GEO」の部分とに主従あるいは軽重の関係があるとはいえないこと、被告標章(二)が被告標章(一)と同様、「EO」を繰り返した韻を踏む対句となっていることなどに照らせば、被告標章(二)は、上段部分と下段部分とがそれぞれ異なった色で描かれているにしても、これに接する取引者ないし需要者には一連一体のものとして認識されるというべきである。

そうすると、被告標章(二)からは、特定の観念を想起し得ず、また、一連不可分の「ネオジオ」又は「ネオゲオ」という称呼が生じるものと認められる。

五1  甲第六号証の一、三、七、八及び九、第七号証の一ないし三、第八号証ないし第一〇号証、第一二号証の一ないし五、第一四号証、乙第一四号証、第一五号証の一ないし八五、第一六号証の一ないし六八、第一七号証の一ないし四一、第一八号証の一ないし四一、第一九号証の一ないし三、第二二号証の一ないし四、第二三号証、第二四号証、第二五号証の一及び二、第二六号証ないし第二九号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、平成二年三月ころから、「ネオジオ」又は「NEO・GEO」という商品名の業務用及び家庭用のテレビゲーム機並びに右ゲーム機専用のゲームソフトの製造・販売を開始した。右業務用ゲーム機は、一つのゲームが回路基板毎に作られていた従来のものと異なり、ゲームソフトウェアプログラムを収納固定するプログラムメモリーをゲームカセットとして分離し、ゲームカセットを取り替えることにより多種類のゲームを楽しむことができるようにされていた。また、右家庭用ゲーム機は、高速CPUを搭載するとともに、最大三三〇メガバイトという大容量データ・メモリーを持つ高性能ゲーム機であり、そのゲームソフトも、従前の家庭用ゲームの二〇倍以上もの情報容量を持ったものであって、高画質で迫真性のあるゲームを楽しむことができるようにされていた。右ゲーム機には、被告標章が付されていた。

被告が製造・販売するゲーム機は、その発売当初からアミューズメント業界及びゲーム機ユーザーの注目を集め、被告も右ゲーム機及びそのゲームソフトについて、その発売以来「ゲームマシン」、「ファミコン通信」「月刊GAMEST」、「月刊コインジャーナル」などの業界誌、ユーザー向け雑誌やテレビコマーシャル等を利用して、幅広く継続的な宣伝広告活動を行った。その広告には、被告標章が用いられており、広告のために支出した費用は、平成二年一〇月から平成五年九月までの三年間をみても合計約三四億円に上っている。平成三年一二月ころには被告のゲーム機専用のゲームソフト「餓狼伝説」が発売され、以後平成六年三月までの間に合計約二一万本を売り上げるほどの極めて高い人気を博し、その後も「龍虎の拳」、「サムライスピリッツ」、「餓狼伝説2」などの高い人気を誇るゲームソフトが次々と発売された。また、右「餓狼伝説」等のゲームソフトは、そのキャラクター等が商品化されたほか、平成四年一二月からはテレビアニメ化され、平成六年七月にはアニメーション映画化されるなどした。そして、被告のゲーム機も、平成四年一〇月にグッドデザイン商品に選定されるなどし、ゲームソフト人気と相まって、急速に売上を伸ばしていった。

(二) 原告は、平成元年一二月ころ、ビデオレンタルやゲームソフトの販売等を営んでいた株式会社エー・ブイ・ステーションを、また、平成二年一月、レジスター等の事務用機械器具の製造販売を主たる目的とする東和サン機電株式会社をそれぞれグループ企業とした。

原告は、平成元年ころから、不動産事業、教育事業、AV(オーディオヴィジュアル)事業、スポーツ事業を展開するに当たり、そのシンボルマークとして原告使用標章を使用するようになった。そして、平成二年、F1グランプリレースにスポンサーとして参加し、原告使用標章をレーサーが着用するレーシングスーツに付したり、これを右レースのテレビ中継の際に放映されるテレビコマーシャルに用いて、原告のグループ企業の宣伝広告をするなどした。しかし、その宣伝広告は、本件商標を用いたものではなく、また、必ずしも原告使用標章が特定の商品や事業に結びつけられている態様のものでもなかった。

株式会社エー・ブイ・ステーションは、平成元年一二月ころ、株式会社ゲオミルダに商号変更した上、原告から原告使用標章の使用許諾を受け、以来原告使用標章を自らの店舗の看板や広告に付して使用していた。同社の一部の店舗には、業務用ゲーム機が設置されていた。また、東和サン機電株式会社は、平成二年一〇月、東和エスポ株式会社に商号変更するとともに、原告から原告使用標章の使用許諾を受け、以来原告使用標章を自らが製造販売するレジスターに付して使用していた。その後、同社は、平成三年一〇月に東和メックス株式会社に商号変更した。しかし、ゲオミルダ及び東和メックスは、いずれも本件商標を使用したことはなかった。

平成四年に至り、原告は、事業範囲を縮小するようになり、他方、ゲオミルダ及び東和メックスは、それぞれ原告と独立して事業を営むようになった。そして、東和メックスは、同年四月、原告から本件商標の通常使用権の設定を受けたが、その後もレジスターに原告使用標章を付するだけで、他に本件商標を使用することはなかった。また、ゲオミルダも、平成六年一二月、原告使用標章を用いたレンタルビデオ店の宣伝広告を新聞に掲載したが、その配布対象は愛知県地域のみであった。

2 右認定の事実によれば、被告標章あるいは「ネオジオ」なる語については、遅くとも平成四年五月までには、業務用及び家庭用のテレビゲーム機並びにゲームソフトの業界やユーザーの間で、被告の製造・販売に係るゲーム機やゲームソフトを表すものとして、既に著名になっていたものと認められる。他方、本件商標あるいは「ゲオ」なる語については、原告がそれなりに広告宣伝に努めていたことが認められるものの、それが一般取引者、需要者の間で広く知られていたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

六 以上認定の事実によれば、被告標章はいずれも、本件商標と、観念を同じくするものではなく、外観及び称呼を異にするもので、取引者、需要者に対して、本件商標とは異なった印象や連想を与えるものというべきである。そして、被告標章は、それが付された商品について直ちに被告の製造販売に係る商品であると認識することのできる高い識別力を有するものであって、一般の取引者、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれがあるとは認められない。

したがって、被告標章は、いずれも本件商標に類似するということはできない。

七  以上によれば、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)

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